日御碕神社は島根半島の西端に位置し、『出雲国風土記』に「美佐伎社」と記される古社です。 神社は下の宮「日沈宮(ひしずみのみや)」と上の宮「神の宮」という上下二社からなり、両本社を総称して『日御碕神社』と呼びます。
出雲の国造りをした須佐之男命が根の国(黄泉国)より、「吾が神魂はこの柏葉の止まる所に住まん」と柏の葉を投げて占ったところ、柏葉は風に舞いこの神社背後の「隠ヶ丘」に止まったということです。
その後須佐之男命の五世の孫、天葺根命(あめのふきねのみこと)がこの地に須佐之男命を奉斎したといわれています。
出雲の国造りをした須佐之男命が根の国(黄泉国)より、「吾が神魂はこの柏葉の止まる所に住まん」と柏の葉を投げて占ったところ、柏葉は風に舞いこの神社背後の「隠ヶ丘」に止まったということです。
その後須佐之男命の五世の孫、天葺根命(あめのふきねのみこと)がこの地に須佐之男命を奉斎したといわれています。
そして楼門から正面には下の宮「日沈宮(ひしずみのみや)」があります。
こちらは神話の中で須佐之男命の姉とされる天照大神(あまてらすおおみかみ)が祀られています。
この「日沈宮」は【伊勢大神宮は日の本の昼の守り、出雲の日御碕清江の浜に日沈宮を建て日の本の夜を守らん】 (伊勢神宮が「日の本の昼を守る」のに対し、日御碕神社は「日の本の夜を守る」) との神勅により祀ったのが始まりと言われています。
当初はこの言葉通り、この場所から程近い海岸(清江の浜)の経島(ふみしま)で天照大御神を奉斎していましたが、その後天葺根命が経島にいかれた 時、天照大神が降臨し「我天下の蒼生(国民)を恵まむ、汝速かに我を祀れ」との神勅があり、現在の地に大御神を祭られたということです。
神話に出てくる二人の神様が鎮座される、厄除けや縁結びをご利益とした霊験あらたかな神社です。
http://www.izumo-kankou.gr.jp/678
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