社伝によれば、元々真名井原の地(現在の境外摂社・奥宮真名井神社)に豊受大神が鎮座し、匏宮(よさのみや、与佐宮とも)と称されていた。『神道五部書』の一つの「豊受大神御鎮座本紀」によれば、崇神天皇の時代、天照大神が大和笠縫邑から与佐宮に移り、豊受大神から御饌物を受けていた。4年後、天照大神は伊勢へ移り、後に豊受大神も伊勢神宮へ移った。これによって、当社を「元伊勢」という。
養老3年(719年)、 真名井原から現在地に遷座して主祭神を彦火明命とし、豊受・天照両神を相殿に祀り、社名を籠宮に改めた。真名井原の元の鎮座地は摂社・奥宮真名井神社とさ れた。後に海神・天水分神が配祀された。祭神が籠に乗って雪の中に現れたから「籠宮」という社名になったという伝承がある。
延喜式神名帳では「丹後国与謝郡 籠神社」と記載され、名神大社に列し、月次・新甞の幣帛に預ると記されている。
社家の海部氏は、彦火明命を祖とし、当社の創建以来、代々奉斎をしてきたとされ、現在は82代目である。4代目の倭宿禰命は、神武東征の際に速吸門で亀に乗って神武天皇の前に現れ、大和国へ先導した。「海部氏系図」が国宝に指定されている。(Wikiより)
籠神社HP
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