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道元(どうげん)禅師
諡号 仏性伝東国師、 承陽大師
建暦3 年(1213年) 比叡山にいる母方の叔父良顕を訪ねる。
建保2 年(1214年) 天台座主公円について出家し、仏法房道元と名乗る。
建保3年(1215年) 三井寺の公胤の 元で天台教学を修める。
建保5年(1217年) 建仁寺にて栄西の 弟子明全に 師事。
天福元年(1233年) 京都深草に興聖寺を開く。
寛元元 年(1243年) 7月 越前国の地頭波多野義重の招きで越前志比荘に移転。
寛元2年(1244年) 傘松に大佛寺を開く。
寛元4年(1246年) 大佛寺を永平寺に改め、号も希玄と改める。
宝治2~3年(1248-49年) 執権北条時頼、波多野義重らの招請により鎌倉に 下向する。
建長5 年(1253年) 病により永平寺を貫首を、弟子孤雲懐奘(『正法眼蔵随聞記』を編す)に譲り、
俗弟子覚念の屋敷(京都高辻西洞院)で没す、享年54(満53歳没)。
仏殿 別名 覚王宝殿(かくおうほうでん)
永平寺(福井県吉田郡永平寺町) posted by (C)勝屋久の情熱∞日本紀行
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正法眼蔵
日本曹洞宗の開祖である道元が、1231年か ら示寂する1253 年まで生涯をかけて著した87巻(=75巻+12巻)に及ぶ大著であり、日本曹洞禅思想の神髄が説かれている。道元は、中国曹洞宗の如浄の法
を継 いだが、さらに道元独自の思想深化発展がなされている。 また、鎌倉時代の仏教者の主著が全て漢
文で書かれている(法然、親鸞『教行信証』、栄西、日蓮、…)時代に、真理を正しく伝えたいという考
えから日本語、 仮名で著述している。 古い巻の記述を書き直し、新しい巻を追加して、全部で100巻に
まで拡充するつもりであったが、87巻で病のため完成できなかった。その後、拾遺として4 巻発見され
追加されている。
吉 祥(きちじょう)の額
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本尊
お釈迦 (しゃか)さま一葉観音(いちようかんのん)
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傘松閣(さんしょうかく)
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絵天井。 posted by (C)kim
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永平寺 107 posted by (C)たー
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永平寺 145 posted by (C)たー
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永平寺の鐘 posted by (C)ちゅんぞう
永平寺祠堂殿 posted by (C)KYR
木々のむこう。 posted by (C)kim
眺景。 posted by (C)kim
所在地
住所 〒910-1294
福井県吉田郡永平寺町志比10-5
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